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[COLUMN]ホンマタカシの味わい方

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4月21日18時50分。彼は市内のうどん居酒屋「二◯加屋長介」にいた。約束の時間は19時。敬愛してやまない憧れの人物が、この後、ここにやって来ると思うと居ても立っても居られないといった感じで、彼は1分おきにスマートフォンを見て時間をチェックし、背伸びをし、首を回し、店内を無駄に何度も見渡しながら、その時を待った。彼はともすると「やっぱり来られなくなりました」と連絡があったらホッとしたかもしれない。ガチガチに硬くなった背中がそう言っているように見えた。

約束の時間に、ホンマタカシさんはやって来た。「こんにちは、本日はありがとうございます。お会いできて光栄です」。あまりに早くしゃべった上に、声も若干裏返っていたため、もしかしたらホンマさんには何を言っているのかよく分からなかったかもしれない。それでも彼のなんだか分からない異様な熱量は伝わったようだ。ホンマさんは軽やかに「どうも、よろしくお願いしますね」と返した。こうして彼にとって、夢のような時間が始まった。

「普段はどういうお酒を飲まれるんですか」「ああ、そうだね、ビールやワイン、あとは焼酎も飲むかな。今日はちょっと肌寒いでしょ。こんな日には焼酎のお湯割りが好きだし、最近だと自然派ワインを飲んでいるよ」「ビールはあまりお好きではないんですか?」「いやいや、夏だったらビールも飲むよ。暑い時には恋しくなるよね」「では、ビールはどんな・・・」「ドリンク、注文しましょうか」

彼は完全に舞い上がり、注文もしないまま、話を進めてしまっていた。ホンマさんは麦のお湯割りを選んだ。高さ10cmくらいの白い陶器のカップに入った焼酎をゆっくりと口に運ぶ。香りを楽しみ、どんな味がしたかを確かめるように、ふうっとひと呼吸おいた。

「普段はどんなお店で飲まれるんですか」「事務所の近くの店に、ふらっと立ち寄るかな。もちろん、知り合いの店もありますよ」「どちらかというと、いろんなお店に行かれるほうですか。それともいくつかの決まったお店に通い続けるほうですか」「ああ、店は探さないかな。普段は行きつけの店がゆるく7、8軒くらいあって、その店をローテーションで回る感じだね」

お酒を飲み始めると、その場の空気がほぐれ、やりとりも柔らかくなった。ホンマさんは飲むこと自体はとても好きで、実際、毎日飲んでいるそうだ。ちなみに2015年に入って飲んでいない日は1日だけ。

「それには理由があって。フィンランドに滞在した際、夜、お酒を買おうと思ったら売っていなかったんだよね。北欧は法律か何かで週末なのにお酒を売らないんですよ。その時はさすがに飲めなかったなあ」

ホンマさんは飲み始めてからも、やや舌が滑らかになったものの、それほど大きく変わらない。飲むことが日常。そういう意味でホンマさんはとても上手に酒と付き合っているようだ。

「店主とお話をしながら飲むような。そんなスタイルがお好きなんですか」「うーん、時と場合によるかな。僕は常連面したくないんですよ。なんというか、店とのよい距離感を保ちたいんですよね。もちろん、店の人と仲良くなりたくないって意味じゃないですよ。普通に過ごしたいんですよ、店で。常連ヅラして、我が物顔に飲んでいる他のお客を見るのも嫌だしね。だから、そうはなりたくないなって」

自由という言葉はとても便利で、一方で厄介なものだと、彼は思った。確かにお金を支払う訳だし、そのお店でどのように過ごそうとも、ある程度はお客の自由だ。ただ、自由であれば、何をしてもいいのか。

「つまり、自分も含めての環境が大切なんだよね。店ってみんなのものでしょ。店主だけのものでもなければ、お客である僕だけのものでもない。良い店はみんなが楽しんでいる」「確かに、そういう良い店って、なんとも言えない一体感がありますよね」「浮いてしまわないように、でも、沈まないように楽しみたいと思うんです」

ホンマさんはきっと、波風のない穏やかな湖に浮かぶボートのように、静かに、そして優雅に飲んでいるのだろう。

「仲間と行ってワイワイ飲む時もあるし、1人でじっくり飲みたいときもある。特に後者の場合、メガネをかけるんです。僕なりの変装のようなもので、話しかけてほしくない気分の時には大体かけてるかな」

この日、料理は博多の名物「ゴマサバ」、そして福岡では最もポピュラーなうどんのトッピングとして知られる「ごぼう天」などを食べた。

「出張、取材旅行が多いと思いますが、各地ではどんな料理を選ばれるんですか」「やっぱりその土地のものを食べるようにしていますよ。海外が長くても、ほぼ和食は食べませんね」「恋しくなりませんか」「いや、そういうのはないなあ。そもそも味だけで店を選んでないから、良い意味でこだわりがないのかもしれない」「味以外も?」「そう、味と店の雰囲気が半々くらいが良いかな」「その土地らしい店を選ぶということなんですね」「あくまで僕の基準なんですけどね。例えばこの店なら、卓上のメニューじゃなくって、カウンターの上の大きなボードのメニューから料理を選びたい」「確かに、この壁一面を埋め尽くすメニューはココの名物です」「だから、そういう部分を大切にしていると、海外で和食を無理して食べるということになりにくいよね」

ホンマさんは彼の質問に丁寧に答えつつ、その一方で、料理がテーブルに運ばれると、食べ時を逃すことなく、温かい料理は温かいうちに食べていた。写真のプロは、常によく見ている。

プロの食べ方———その道のプロたちのプロたる所以は作品に現れるものなのだが、日常の所作、例えば人が生きる上で最も本能的なものといえる「食べる」ことにおいても、形として現れるのだ。彼はそんなことを思った。



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4月22日8時05分。彼は「太宰府天満宮」から車で5分ほど山手にある「竈門神社」にいた。約束の時間はおおよそ8時。敬愛してやまない憧れの人物、ホンマタカシさんがここで個展の準備をしていると思うと居ても立っても居られないといった感じで、彼は足取りも軽く、心を弾ませながら駐車場から竈門神社参集殿へと続く階段を登っていった。階段を登りきると、展望デッキにホンマさんがいた。彼は昨夜の宴が夢ではなかったことにホッとし、改めてこの場に招待いただいたことを嬉しく思った。

今回の個展「Seeing Itself-見えないものを見る」は太宰府天満宮アートプログラムの第9回で、まさに4日後の26日からスタートする(※現在開催中)。そのための最終的な設営が、今、その場で行われていた。

ホンマさんは昨夜、太宰府天満宮はとても不思議な場所だというような意味合いのことを言っていた。元々、日本の伝統のようなものには興味がなかったそう。もう少し詳しく説明すると、伝統に限らず“わかりやすいモチーフ”も避けてきた、というと良いのかもしれない。例えば、富士山であり、東京タワー。きっと福岡の伝統行事・博多祇園山笠もそうだろう。誰もが撮りそうな被写体は選ばない。だから太宰府天満宮という福岡を代表する観光名所も興味の対象外だった。ところが、この数年で、日本の伝統が良いものに思えてきたという。そんな折の太宰府天満宮アートプログラムの打診だった。

彼は最初に双眼鏡を覗いて鑑賞する屋外作品の魅力に触れた。神幸祭という菅原道真公の御霊を御神輿に移す神事に用いられる“あるモノ”が利用してあり、双眼鏡越しに見るそれは、まるでブラックホールのように周囲の風景を吸い込み、手を招くようにゆらゆらと揺れ、その度に万華鏡のように表情を変えていく。眺めているうちに吸い込まれていきそうな不思議な錯覚は、見る時間帯によっても変わるそうで、清々しい朝も良いが、ドラマティックな夕暮れ時も格別だと教えてもらった。何度も双眼鏡で覗き込み、確認していたホンマさん本人が誰よりも楽しそうだなと彼は思った。

その後、彼はとっておきの空間も見せてもらう。竈門神社の一間を「カメラ・オブスキュラ」(※小さな穴から外の光を通し、穴の反対側に像を投写する光学装置)にして撮ったピンホール作品のテストに立ち会った。真っ暗な部屋に入ると、本当に真っ暗で何一つ見えない空間になっていて、ホンマさんの声を頼りに指定された場所まで恐る恐る移動した。最初のうちは何が起こっているのかわからないが、少し時間が経つと目が慣れてきて、穴が空いた壁の向こう側に広がる外の景色が目の前の壁に大きく写っていることが理解できた。そのうち、揺れている木々から風の存在も確認でき、狭く暗い室内に居ながら、自然の営みを感じられ、彼はとても興奮した。

竈門神社を後にし、太宰府天満宮の宝物殿へ向かうと、そこでは宝満山へ7曜日全てに登って撮影した写真、先ほど彼が見たピンホール作品を実際に現像した襖(ふすま)、そして音までも作品として捉えた映像もあり、実にバラエティに富んでいる。

「写真って実際どうなの?という疑問が、それこそ写真を撮り始めた頃からずーっとあるんです。だから、写真自体を常に考えている。“見えないものを見る”というキーワードは、そんな背景があって生まれたんです」

そういえばその言葉通り、 2011年から翌年に渡って開催された個展「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」においても、ホンマさんはえぐりこみように写真そのものと対峙していた。金沢、東京、丸亀の3会場での巡回展ながら、先の2会場と丸亀では大きく表現手法を変えた。他クリエーターとのコラボレーション作品の展示、猪熊さんのコレクションとのセッション、そこから派生した本の発表、さらに多様性を増した「サテライト展」———彼は「ニュー ドキュメンタリー」展を通して写真がますます好きになり、写真そのものの解釈自体が広がったことを思い出した。

季節は春から夏に向かって少しずつ移ろっている。太宰府天満宮、竈門神社ともに木々の緑は濃く、晴れやかで清々しい。そんな場所では写真論、講釈は似合わない。太宰府という土地だからこそ、写真家・ホンマタカシの作品を、ただただ子供のような気持ちで味わいたい。彼はそんなことを思った。
 

太宰府天満宮 公式webサイト(交通アクセス、料金など)
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/art/program/vol.9

※本文中で登場した「竈門神社」での限定作品公開は5月19日(火)~5月24日(日)の6日間のみ。


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